わらって、ゆるして。

躁うつ病日記

詩の朗読イベント出演します。

みなさまお久しぶりです。死んでません、なんとか生きております。

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 直前の告知になってしまいましたが、明日1/20(日)西荻窪のロコカフェという場所で、ポエラボというイベントにDJとライブペインティングで出演します。

 

ジャンルにとらわれないボーダーレスな活動をしている胎動レーベルが主催する、ポエトリーリーディング(詩の朗読)のイベントです。

 

ポエトリーリーディング自体を知らなくても、言葉や物語のポフォーマンスに興味がある人なら面白いと思います。

 

僕のDJタイムは2回あるので、日本語ラップMIXセットとロキノン系アーティストMIXセットで盛り上げようと目論んでおります。

 

ライブペイントは詩の朗読とビートメイキングのDJとの即興でのセッションです。僕自身初めての試みなので、こちらも多いに楽しみです!(添付の動画みたいな感じです)

 

何とぞよろしくお願いします。 

 

 

ソロでライブをやります!

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ライブの告知です。

 

12月23日(日)に、僕がお世話になっている地元の音楽スタジオ、府中フライトの30周年記念ライブに出演します。

 

府中の若手からベテランの方まで様々なバンドマン達が集うお祭りイベントです。何かと忙しい年末ですが、GOOD MUSICと美味しいお酒で乾杯しましょう!🎶🍺✨

短編小説 : 静かな森の中で

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大昔にバンドをやっていた頃を思い出すかのように毎週末には下北沢や高円寺辺りのライブハウスのあまり人が入っていないイベントをからかうようにいくつか通っていたらひょんな出会いがあった。

 

“ひょん”っていう言葉には散歩中の並木道を歩く休日の昼下がりの自分の前にバネで出来た小さい十センチメートルくらいのおもちゃの人形が突如出現したかのような僅かな意外性を持った軽快なニュアンスがあって小気味がいい。しかしたかだか十センチメートルの脆く錆びやすい人形に何が出来ると言うのだろう。

 

人がまばらな地下一階のライブハウスでは独特の寂寥感が凝縮され空気の粒となって煙草の紫煙と一緒に肺を満たしてくれる。

 

その日のライブの一発目のステージの上ではボサボサ頭の狂犬のような目付きをした男が叫ぶように歌っているがなんの迫力も産み出せていない。それを眺める観客の中にはある種の優しさに似た静かな諦めのようなものが漂っている。

 

本当に迫力を持って見るものを制圧したいのなら街なかのアーケードの中心で同じことをやればいいのに。実際にやれば周りの通行人は雲散霧消、絶叫する狂犬病の男の周りにはまるで宇宙の深遠のようなファンタスティックスペースが物理の法則を超えて倫理と道徳と法律との中で過剰な磁場を孕み、いずれ青い制服を着た屈強なお兄さん達が彼の前に立ちはだかるであろう。

 

そういった事態は誰でも避けたいので、一時的な狂犬病の男はライブハウスのステージ上で吠える。哲学的な言葉やまとまらない考えを無理矢理圧縮した抽象的な歌詞を叫ぶ。

 

退屈だ。他に似たよう種類を思いつけないような説明が難しい退屈さ。しかしその退屈さが心地良い。それを味わうために俺はつまらないライブハウスに通う。

 

考えてみて欲しい。二流三流のロックバンドが主催するイベント。音がでかく薄ら寒いだけのノイジーな音楽。下手に演奏が技巧的であったりするから質が悪い。

 

アンプからたまに聞き取れる何処かで聞いたような言葉達が断片的に溢れる。

 

言葉は悩んでいるようであったり、友達を大事に思ったり、生きることの素晴らしさや悲哀を説いたり、なんだかよく分からないがとにかく絶望していたりする。

 

あぁ、スメルズライカティーンスピリット。
ビバ! カート・コベイン。

 

一体全体、世界中の何人の人間があのヤク中の馬鹿げた妄言に人生を狂わされたのか。かく言う俺もその中の一人だからなんとも言えないのだけれど。

 

閑散とした場末のライブイベントにたった独りで入っていってビールを片手に管を巻く。だいたい十人も人が入っていないイベントを狙って馳せ参じるから、他の客は出演者の知人友人身内であることが明白だ。二、三人のグループがそれぞれ固まって談笑し、たまに独りでいる俺をチラリと見やる。俺の自意識が過剰なのではない、そういうイベントに独りで行ってみれば分かる。俺が視線を感じてジロリと睨み返すと大抵は怯んでその視線は仲間達の輪に戻って往く。

 

居たたまれない、堪らなく独りぼっちだ。この自虐感、はじめは他愛もない自分に対するジョークのつもりがいつの間にやら癖になってしまった。


ステージでは狂犬が宣う。幼稚園児が油粘土をこねくり回したような言葉で愛を熱唱し続けている。

 

生きることとは♪
愛するということとは♪
まるで♪
まるで♪

 

俺はそれを聴きながらステージから照らされるまばゆいばかりの光を浴びて自分の孤独をかったいかったいスルメイカのように噛み締める。かったるい。

 

……まるで馬鹿みたいだよね。

 

あぁ、ステージ上の君よ、君は愛を知る。俺は君の愛や人生訓なんてまるで知ったぁこっちゃねぇんだぜ。

 

俺はやるせない気持ちで左手に持った瓶のハイネケンをあおる。

 

狂犬のライブが終わってステージの照明が一時的に落ち、次のバンドのライブを待ち構えるようにPAが静かな音量でさっきまで演奏していたバンドの曲を流しはじめた。

 

ステージを降りた犬がフライヤを来客者に配っている。おそるおそると言った感じで独りでいる俺のところにもやって来てフライヤを差し出してきた。「よかったら一ヶ月後にまたここで演るんで来てください」と一言添えて。さっきまでの気の狂ったような様子は微塵も感じられず、ただオドオドとしている。冷たい雨に所在なく踞る子犬のような目をしている。雨の中で佇む子犬なんて見たことはないけれど。

 

「良いバンドですね、機会があったらまた見に来ます」とかなんとか適当なことを俺は言って肩からかけた紅いポシェットに手渡されたフライヤを丁寧に折り畳んで入れる。子犬は「ありがとうございます」と本当に嬉しそうに言ってから軽く頭を下げバンドメンバーと取り巻きが固まっているテーブルに帰っていった。自分の手渡したフライヤが駅のゴミ箱に速攻で放り込まれることも知らずに。

 

子犬が背を向けた瞬間に彼の汗だくのポロシャツの襟あたりから見える背中の首の付け根にRとOとCと描いてある小さい刺青が覗いた。あとのもう一文字があるかどうか分からないし見えなかったけれど、おそらくあるとすればKだろう。おそらくというか間違いなくKだろう。

 

まったく、微小な彫り物とはいえ親に有り難く頂戴した体になんてことをしやがるんだ。一歩間違えば堅気じゃいられねぇぞ。

 

雨の中の小さい子犬、君のつぶらな瞳の前にはきっとまだ輝かしい未来が待っているんだ。その幻想がいつか打ち破られることも知らずに。

 

でもそれはまだ知らなくてもいいよ。

 

「俺は君が羨ましい」

 

誰にも聞こえないボリュームを絞った声で俺は独り言を洩らす。

 

ひょん。

 

気が付くとただただステージから次手のバンドが叩き出した音の塊の奔流の前に圧倒され打ちのめされ立ち尽くしていた。千手観音のように腕が何本もあるようにしか聴こえない雷鳴のドラミング、単調で起伏がなく重苦しいだけなのに心臓をローラーで押しつぶされるような胸騒ぎを覚えるベースライン、目の前で空気が細くみじん切りにされていくのが鮮明に見える鋭過ぎるギターリフ。 

 

ニワトリが絞め殺される直前に吐き出す雄叫びのようなボーカルに柔らかい女声のコーラスが絡むと陶酔で小便をちびりそうだ。

 

いつの間にか右手に持った吸いかけの煙草を床に落としていた。

 

ギターボーカルとドラムの二人が男でベースとコーラスを担当しているのが女の、よくあるスリーピースロックバンド。

 

小綺麗な中にロック然とした崩しを入れた雰囲気の男二人のことはどうでもいい。そのプレイヤビリティーは賞賛に値するが。

 

問題はベースとコーラスをやっている女だ。

 

目の前のステージで世界がひっくり返りそうな暴動のライブを作り出している核が彼女であることは誰が見ても一目瞭然だった筈だ。

 

彼女はフードの周りにフカフカとしたフェイクファを付けた深紫のダウンのベストを着て、細く白い腕を曝け出していた。一体どうやってそんな細い腕から地球の底から響いてくる地鳴りのようなベースをうねり出させていると言うのか。古びたジーパンを太ももの付け根まで切ったホットパンツにピンクとホワイトのボーダーのニーソックスを履いたスラリとした華奢な脚。ほっそりとした足首にまとわりつくヒールの高いヒョウ柄のブーツ。あんなヒールのついたブーツでよくあれだけステージでベースを弾きながら暴れられるものだ。腰まで伸ばした漆黒のストレートの髪の毛、眼の半分辺りで前髪がパッツンと真一文字に切り揃えられている。リズムに合わせて首を上下左右に振りながらその髪の毛が揺れる揺れる揺れる。黒眼がちな大きい瞳がたまに片目だけでも全て曝け出されるとそれだけで見てはいけない呪いの宝石を見てしまったような恐怖を伴った罪悪感に捕われた。顔のパーツ一つ一つが整い過ぎるくらい見事に整って、危ういバランスを感じさせながら輪郭の中に配置されている。ぶっちゃけむっちゃくちゃ可愛い。可愛いと言うより、綺麗。綺麗と言うより、美しい。

 

ある曲の転調を挟む場所で彼女がマイクに向かって悩ましげに「ハぁー↑・アァアァあー↓」と溜息のようなコーラスを入れた。

 

俺は何年か前にプレイしたファンタジーRPGゲームに登場した、吐息一つで死者を蘇生させる女神がラスボスとの決戦の直前で召還される場面を思い出した。苦難と絶望に打ちひしがれた主人公パーティーが純粋な悪意に負けそうになるところで女神によって息を吹き返す感動的なシーンだ。

 

閑散としたライブハウスで吐き出されるベース弾きの彼女の吐息のコーラスはそれ以上に理性を失わせるものだった。

 

MCを一切挟むことなくライブは進行する。曲のブレイクするキメではギタリストとドラマーが必ずベースの彼女を見て指揮を仰いでいるのが分かる。彼女は悠然と構えて顎をしゃくって二人に視線で指示を出す。

 

彼女の一挙一足に背筋がゾクゾクと震える。自然とステージの最前列まで足を向けていた。

 

瞬く間に時間が歪んで過ぎ去る。静かな曲が終わって初めて楽器が響かない音の中で彼女が口を開いた。

 

「今日が初めてのライブです。キメラヘブンって言います。あたしが名前をつけたの」

 

一呼吸。

 

数少ない観客からは何も間の手が入らない。

 

「一応友達には今日が初めてのライブだからって声を掛けたんだけど、結局誰も来ないでやんの」

 

静寂。

 

「次が最後の曲なんだけど、それの前に何かやって欲しいことある?」
 

俺は堪らなくなって自分が何を言っているのかも分からずに叫んだ。

 

「殺してくれ!」

 

音の止んだ静かな狭いライブハウスの空間に俺の馬鹿みたいな声が吸い込まれていく。

 

少し間があって、虚空に消えたどうしようもない野次に彼女が答えた。


「ごめん、死ぬのは独りでやってくれる? たとえば、静かな森の中とかでさ。じゃあラスト、暇だったら終わりまで聴いてってね、『静かな森の中で』っていう曲」

 

最後の曲『静かな森の中で』を聞き終えて、頭が真っ白になったまま次のバンドの演奏を待たずにライブハウスを出た。

 

……俺は彼女に殺されたい。静かな森の中で!

 

俺の目の前に立った彼女がベースのネックを掴んでそのボディーを天高く担ぎ上げ、俺の頭上目がけて一直線に重たい楽器を思い切り振り下ろす様を想像する。

 

殺されたい。 

 

殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ。
 
俺はキメラヘブンのライブに通う。キメラヘブンの集客はライブを重ねるごとに増えていく。一度でも彼女達のライブを観れば分かる、人気が出るのは当たり前だと思う。

 

彼女は決まって最後の曲を演奏する前に「何かやって欲しいことはある?」とつっけんどんなMCを挟む。コーラスで聞かせる柔らかい声とは同じ人物とは思えない凍てつくような声で。

 

俺は叫ぶ。


「殺してくれ!」

 

その度に彼女は「またあんたか」と言って、集まった観客と一緒に失笑で俺を攫った。

 

殺されたい。

 

俺は。

 

彼女に。

 

ベースで。

 

撲殺されたい。

 

頭蓋骨脳天ガチかち割られ髄液垂れ流したい。

 

「死にたいのなら勝手に死んでくれる?」

 

まったくもって、彼女の言う通りだ。

 

 

 

アイコンの“くま”についてʕ・ᴥ・ʔ

こんにちは。

今日はこのブログやツイッターのアイコンにしている“くま”について書こうと思います。

 

これです。

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う、浮いてる……。

 

なんで浮いているのかと言うと、描いている時そういう気分だったからです。

 

……まぁちゃんと説明をすれば、一般社会と距離をとって浮いてしまっている自分を、座禅を組んで内面の思索に耽る仏教のイメージとキャッチーなクマとを組み合わせて表現した、とかそれっぽいことを言うこともできますが、あんまりそうやってワザワザ説明するのは粋じゃないですね。

 

なんか変な座り方で浮いててカワイイ。これで十分です。

 

なんでクマにしたか。

で、なんでアイコンのモチーフがクマなのかと言うと、ぼくは宇多田ヒカルが大好きだからです。

ぼくはくま”っていう歌を作ったり、プロモーションビデオにもモチーフとしてたまに入ってきたりね。ずっと良いなぁと思っていたので真似しました。

 

あとはでディズニーのキャラの中でプーさんが一番好きだからですかね。間抜けでカワイイ蜂蜜好きのプーさん。いけてます。

 

他にも舞城王太郎の小説、宮沢賢治の童話、少年漫画に出てくる好きな敵キャラなど色々ありますが、知らない人には退屈になっちゃうのでこの辺りで。

 

 

 

短編小説 : サンタクロースをやっつけろ!

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新しい派遣先は最高だ。

 

まず時給が相場より150円も高い、ダサい制服がない、派遣先の社員が私を"派遣さん”って言わないでちゃんと“斎藤さん”って名前で呼んでくれる、残業する程仕事がない(これは収入的にはちょっぴり痛い)、休憩も10分くらいなら割と自由にとって良くて、何よりオフィスのすぐ横に私の大好きなミスタードーナツがあるのだ。給湯室に電子レンジだけじゃなくて珍しくトースターもあるから、ミスドで買ってきたオールドファッションをトースターでちょっとだけ焼いて表面をカリカリにして食べるのが、ここ最近の私のお気に入りの休憩の過ごし方になってる。

 

こういう”アタリ”の会社に派遣されると、せっかく受験を頑張ってそこそこの私大を出たんだから、暇なまーちゃんと馬鹿な遊びばっかりやってないで、就職活動をもうちょっと真面目にやれば良かったかなってちょっぴり後悔する。でも良いんだ、毎日が小学校の夏休みの冒険みたいで楽しかったから。

 

昨日、まーちゃんからラインが届いたのは、仕事を休憩して一息入れるおやつの時間を少しだけ過ぎた頃だった。

 

私は小さい頃から「三時のおやつ」という言葉の響きが大好きで必ず三時にはおやつを食べてその習慣を続けるうち、時計を見なくてもいつのまにか午後三時を体が勝手にわかるようになってしまった。でもそのこととまーちゃんからラインがきた話に関係があるわけじゃなくて、寧ろ全然関係なくて、思ったことをそのまま言葉にしようとしてみただけなんだけど。そんなこんなで(どんなこんなだ?)おやつの三時過ぎにラインが届いたって言うわけ。

 


以下、ラインの内容。

 

“どうする?今日のサンタ狩り”

 

それを読んで今日がクリスマスイヴだということを私は思い出した。オヤツを買いに行ったミスドの店員さんがいつもとちょっと違うなと感じたのは、多分サンタ帽をかぶっていたからだ。

 

まーちゃんからは毎年クリスマスイヴになるとこんなへんてこな文面が送られてくる。一人でイヴを過ごすのは寂しいから遊ぼうよって素直に言えば良いのにそういう直接的な物言いをまーちゃんは凄く恥ずかしがるから、巡り巡ってどういう思考の回転の帰結か「サンタ狩りでもやりませんか」というわけの分らないお誘い文句になってしまうというの、だと思う、多分。

 

馬鹿だね。

 


でも私は馬鹿は嫌いじゃないから。

 

“とりあえず仕事終わったら連絡するね?”

 

といった具合にやっさしいラインを返してあげる。すぐに返信が来る。

 


どうせ今日もなんにもやることがなくて家の周りでもほっつき歩いているんだろう。まーちゃんの家の周りは遊歩道や並木道や川沿いのサイクリングロード、エトセトラ、散歩に使う道にはまったく不自由がない。

 


前にまーちゃんが言っていた。

 


「偉大な思想家と言うのはだな、自分にとってうってつけの思索用の散歩道を持っていたのだ。彼らはそこで物思いに励み、その妄想が人類、ひいては世界の礎になっていったのだ。京都の哲学の道を知っているだろう? 哲人が歩いた道だ、僕の家の前の雑木林をなぞる散歩道もいつかそんな風に誰しもが知る名前が付けられるだろう。僕の名前の漢字がそのネーミングの一部に付けられるだろう」

 


それを聞いた私が「京都の哲学の道はどんな有名な人が歩いていたの?」と聞き返したらそれには答えずに「そう、散歩が、思索がひどく大事なんだよ」とブツブツ自分の世界に勝手に潜っていってしまってしばらく浮き上がってこなかった。自分の知らない知識のことを聞かれたので都合が悪くなり逃げ出したんだ。へなちょこ。

 

つーわけで、まーちゃんは暇だ。もう本当に、可愛そうなくらい。だからラインの返信も早い。

 

“クリスマスイヴに仕事なんて随分と馬鹿馬鹿しい話だ。御機嫌よう! また後で!”

 

人の親切心を無下に引き千切るような心ない文面を平気で返してくる。

 


でも私は許してあげる。まーちゃんに悪意がないのは分かってるから。そのことを分かってあげられるのは、多分、私だけだから。

 

「仕事終わったよ、今どこにいるの」

 


定時で仕事をさっさと上がってエレベータを下りて職場の自動ドアを出たところでまーちゃんにiPhoneで電話をかける。

 


電話口にある耳と電話にあててない耳の両方から「目の前だよ」と言う声が聞こえてまーちゃんが私の目の前に立っている。私はブチッと電話を切る。

 


まーちゃんはよれよれの黒いピーコートに穴のあいたブルージーンズを履いて、もとが何色だったか分からないくらい汚れたコンバースのローカットオールスターの踵の部分を潰してサンダルみたいに突っかけている。いつもかぶっている変な色のニットキャップを冠っていなくて、短い髪の毛を整髪料でところどころ無造作に立ててる。グレーのマフラーを首から上にぐるぐる巻きにして鼻まで隠して、そのことでぎらついた目元がやけに強調される。

 


まーちゃんの眼を見るといつも思う。これは、頭の中身がしっちゃかめっちゃかになって収集がつかない人の眼だ。その眼光はとても綺麗だけど、なにをしでかすかわからないことと綺麗であることは関係ない。いや、関係あるかもしれないけれど。分かんない。今にも叫びだしそうにギラギラと光るまーちゃんのつがいの瞳。

 


「ちょっとまーちゃん、職場まで来ないでっていつも言っているでしょう。ていうか新しい場所教えてなかったよね?」

 

私は声を少し荒げて言う。言葉のささくれと心の揺らぎは私の場合、いつも正確な比例関係を作り出す。

 


「あぁ、この前飲んでる時にお前が先に寝ちゃったから、暇つぶしに携帯見て新しい派遣先、調べさせて貰ったわ。前の会社の藤木って奴な、あれ、お前に気があるぞ。少なくともワンチャンあると思われてる」

 


まーちゃんはヘラヘラ笑いながらシレッと言いはなった。本当に人のこととかまったく考えられない人なんだ、この人は。大人になっても世界が自分を中心に回っていると信じて疑っていないんだ。理解し難い前衛的な彫刻のように歪な形をしたまーちゃんの自己愛。

 

私は一瞬頭が真っ白になるくらい呆れて、何も言わずに足早にまーちゃんの横をすり抜けて立ち去ろうとした。まーちゃんに並んだ瞬間、その細くて血管が浮いた長い指が私の手首を掴む。

 

「アケミ、行かないでくれ。アケミのことはなんでも知りたかったんだ」

 

……そんな風に言われると、私がまーちゃんを許してしまうことを、この人はよくわかっているんだ。

 

私は言う。

 

「そう言う割には私はまーちゃんのこと、何も知らないみたいなんだけど?」

 

何にもやってないのにずっと一人暮らしでどうやって生活してるの?

 

ツイッターにいつもいるけどいつ寝てるの?

 

どうして私の側にいつもいようとするの?

 

……どうして私に、好きだって言ってくれないの?

 

いつも通りの疑問が頭の中をグルグルし始めたのが馬鹿らしくなって、私はそのまま、まーちゃんを置き去りにするくらいのつもりで足早に歩き始める。

 

まーちゃんは私の言ったことなんてまるで聞いてないみたいに、後ろからゴチャゴチャと言いながらまとわりつくようについてくる。

 

「なぁ、サンタ狩りしようぜぇサンタ狩りぃ」「楽しいぞサンタ狩りは」「これから絶対流行る、いや、流行らせる」「拡散だ」「取り敢えずハンズに行って準備を整えなきゃだな」

 

同じようなことを何度も何度もしつこく話して五月蝿い。十二月だけど。

 


まーちゃんを見ないようにしながら私は言った。

 


「ところでなんなのよ、サンタ狩りって」

 

まーちゃんはその質問を待ってましたとばかりに私の前に回り込み行く手を塞いで直立して敬礼のポーズをした。道行く人が何事かと私達を眺めるから私の羞恥心が声にならない悲鳴を上げる。

 


「サンタ狩りと言うのはだな!」

 


まーちゃんのよく通るでかい声。始まっちゃったよ、おい。こうなると止められない。

 


「サンタ狩りと言うのはだな! この世にはびこるすべての嘘の根源を断絶するために、クリスマスのほぼ全翼を担うプレゼントイベントをぶっ潰すことであります! 僕は考えました、クリスマスについて。サンタクロースについて。そこにある欺瞞について! 親が我が子につく分かりやすく取り返しのつかない嘘について! 親が子供にサンタクロースの存在についての嘘をつくから、子供はその嘘が明るみに出た時に『ついてもいい、善良な嘘というものもあるのだ』と勘違いするのであります。あります! 普段から『嘘をついてはいけないよ』と道徳的な教えを説いている親が嘘をつくのだから、子供はそれをみて嘘を肯定するという無意識の土台ができ上がる。そうやって育った子供が大人になり平気で嘘をつくようになる。そうしてこの欺瞞と作り笑いでできた醜い世界ができ上がっていったのだ。みんな平気で嘘をつきやがる。自分自身に嘘をついていることすら気付きもしないで。子供も大人も、老人も、学生もサラリーマンも教師も神父も新郎新婦も坊主も学者も政治家も警察も官僚も裁判官も作家も芸術家も肉体労働者も売春婦も料理人も医者も八百屋も魚屋も肉屋もハンバーガーショップの店員も家具屋も職人も弁護士も団体職員も自営業も投資家も財産家も貧乏人もみんなみんな嘘ばっかりだ。サンタクロースが着ている服の赤色は、真っ赤な嘘の赤色だ。あれはコカコーラがキャンペーンに使った色なんかじゃない、嘘の赤、嘘をつく舌の赤だ、僕はサンタさんが許せない、サンタ狩りだ!」

 

そこまでまーちゃんが一息に喋ったところで私は出店でケーキを売っているサンタクロースの格好をした小柄な女の子を指して「じゃああの子から狩ろう」と言ってみた。

 

そしたらまーちゃんはちょっとだけ思案してから「あの子は可愛いから狩らなくて良い」とかいけしゃーしゃーと宣った。どういう了見だ。馬鹿馬鹿しいと言うか、まーちゃんは阿呆だ。

 


……サンタ狩りなんて言っていたのはどこ吹く風、結局いつも通り安い大衆居酒屋で二人でビールをしこたま飲んで(飲み代は私が払った)、クリスマス価格!って売りにしてたフライドチキンなんか注文したりして、日がかわったあたりで店を出て街をブラブラしていたら叩き売りみたいな値段になっているクリスマスケーキを発見したのでホールで二つ買って広い公園に行って二人で手づかみで食べた。手もほっぺたも安っぽくてベタベタなクリームでグシャグシャ。

 

ケーキを食べ終わって芝生に座って煙草に火を点けた。まーちゃんも欲しそうだったから一本あげた。

 


酔いをさましながら空を眺めていたら流れ星が一筋。それを見たまーちゃんが「今の流れ星、サンタさんじゃない?」って嬉しそうに笑いかけてくる。サンタ狩りのことなんか忘れちゃったみたいだ。

 


馬鹿で可愛そうな頭のネジが緩んだ寒がりのまーちゃん。震えているからその手を握ってあげる。

 

こんな風に色々言ってるけど、結局私はまーちゃんを嫌いになることなんて出来ないから、仕方なくまーちゃんを祝福してあげる。

 


「まーちゃんは怖いものはないの?」私は尋ねる。

 


「なんにもないよ」まーちゃんは強がって笑う。

 


メリークリスマス。

 


サンタが流れ星になって落ちていった。まーちゃんがそう言うなら、それはそうなのだ。少なくともまーちゃんと私にとっては。

 

昨日のことを思い出していたら、いつの間にか午後三時。お腹が鳴るのを隠してオフィスからミスドに走る。

 


毎日三時にドーナツを食べながら、まーちゃんがちゃんと私に全部を話して、「好きだよ」って言ってくれるのを待っている。

 

馬鹿みたいかな?でも仕方ないんだ。

 

自分にはどうしようもない、大切な気持ちなんだ。

 

だって私は、まーちゃんみたいに外側がカリカリしていて中が柔らかい、トースターで焼いたミスドのオールドファッションが、とても、大好きなんだから。

連作詩篇 : 幻影少女

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#1

ヘイルヘイル

時にこれは日常

もう壊れたりしない

もう壊れたりしないというセリフ自体が壊れてる罠

静かな曲

静かなメロディーで英詩は何を言っているか分からない

だから勝手に想像する

あとで訳文を読んでビックリする

時に時間に

時間の感じ方

何処にもない時間

瞼がいつの間にか重く

重く

時に赤

時に

あぁ

食べて寝て起きて

嘘をついて

震えて

迷って

あぁ

眠い

冷えるヘイルヘイル

真珠のセッション

隠者のパーティー

彼方にいるあなた

何処にもない私

#2

とばないでヘイルヘイル。泣く事を忘れた私、あなた。真夜中の山頂でヘイルヘイルの目に涙がゆっくりと溜まっていく。

「此処が何処だか分からない、今が何時だかわからない、自分が誰だかわからない」

ヘイルヘイルは静かに唇を動かす。こういう時に私が何を言っても仕方がないと分かり切っているので、小刻みに震えるその手を注意深く握る。コチコチに強張ったその手は子供の頃に食べた水色のアイスキャンディーのように冷たい。なんとか解きほぐしていつものように温かく柔らかで少しだけ湿った繊細な指先の感触を取り戻そうとする。しかし山の中のピンと張りつめた冷気は二人の体の表面はおろか芯まで凍てつかせて、本来の体温は戻ってきそうにない。俯いていたヘイルヘイルが何かを思いついたように、二人で二つとも摺り合わせて四つだった手を唐突に引っ込めた。

「触らないで」
どうして。
「どうして、ヘイルヘイル」
「触られるのが嫌だから」
わかったよ。
「わかったよ、ヘイルヘイル」
「ちょっと向こうに行っていて」
なんでだろう。
「なんでだろう、ヘイルヘイル」
「いちいち呼ぶのはやめて。前に嫌だって言ったでしょう」
「確かに君は言った、ヘイルヘイルはいちいち呼ばれるのが嫌だと言った、でもその後に機嫌が直ってからすぐ、『あの時は嫌だったけど、本当はそういう風に話すのって、嫌いじゃないの』とも言った。だからこうしているんだよ、ヘイルヘイル」

黙らないで、分からないよヘイルヘイル。長い沈黙。ヘイルヘイルが暖をとろうとしてその白い陶器のような両手に息を吐きかける音しか聞こえない。音がそれ以外に何もない。ヘイルヘイルの発する僅かな音を心細く聴いていると、世界中にヘイルヘイル以外に生きているものはいないんじゃないかと思える。動物も植物も、人間も、自分自身も。此処に本当は自分はいなくて、ヘイルヘイルが一人でうずくまっているだけじゃないのだろうか。

どのくらいの時間が経ったのか分からない。時計もないし、空はのっぺりとした一色の雲に覆い尽くされ月も星も見えない。外因的に時の流れを計る事の出来る要素が何もない。ようやくヘイルヘイルが口を開いたのは、私が自分は本当に幽霊のような存在ではないかと疑いはじめた頃だった。

「とにかく“今”は嫌なの」
ヘイルヘイルは時刻以外の時間を表す言葉については特に強調して話す。
「呼ばれるのも、こんな風に喋るのも“今”は嫌なの。“さっき”までは良かったんだけど……駄目なの。日が昇るまで喋らないって約束してくれるんなら、手を触ってくれてても良いよ」
分からないよ、なんでそんな事を言うのか。でも今だけは少し嘘をついて分かっている振りをする。またヘイルヘイルについた嘘が少しだけ積もる。雪の滅多に降らない街に舞い降りる新雪のように。
「分かったよ、とりあえず黙るよ。二人でいるのに触れ合わないのは寂しいものだ。君がそうしたいと言うなら、そうするよヘイルへ……」

言いかけて頬に切り傷の出来てしまいそうな視線を一瞬だけ感じとったような気がして、慌てて自分のカサカサに渇いた唇に人差し指をあてる。さっき剥いてしまった甘皮の部分から滲んだ僅かな血液が指の第一関節と第二間接の間に付着する。それに気付いているのか気付いていないのか、ヘイルヘイルは私の手をとって、真上に突き立てられた指をゆっくりとその温かい口の中に含んだ。それに合わせるように、指の先から力が抜けていってしまう。細く青白い血管が透けて見える瞼が伏せられているのは何時からなのだろうか。

指の先に、ヘイルヘイルの湿ってそこだけ独立した生き物のような動きをした舌が絡み付く。そっと動かそうとするとヘイルヘイルは眉をしかめ私を口と紅い舌の粘膜から解放する。そのまま行き場をなくした手の平は、力強く絡めとられ指と指の間を挟むように手と手を無理矢理合わた状態で私のコートの広いポケットに押し込まれた。

夜明けまではおそらくまだまだ時間がある。二人して昼間にほとんど何もせず眠るように過ごしていたものだから、眠りに落ちていつの間にかこの時間が終わっていくという選択肢もないだろう。ヘイルヘイルもその事をきっと分かっている。怒ったような顔をして私と顔を合わせようとしない。ときどきその手がポケットの中でモゾモゾと動く。掴んだり、離したり、強く求めるように引っ掻いたり、優しい素振りで撫で回したり。

もう何も喋れない。喋る必要もない。ヘイルヘイルの徐々に暖まっていく繋がれた指の柔らかさと湿度だけが、私にとっての世界のすべてだ。少なくとも朝が来る前までの時の間は。

ままならないね、涙が零れ落ちるヘイルヘイル。ずっと繋がっていたいけど、その頬が渇く頃に永く続いた夜が明けてしまう。

#3

ヘイルへイル

いつまでも日常

いつまでも壊れてる

いつからか壊れてる

何処で壊れたの?

あまりにも自然に

暖かいね

雪を溶かして

体から抜けていく

高い高い空から思い切り叩き落す

あとには何も残らない

残る気配がない

加速するヘイルヘイル

伸び縮む今日明日

手を伸ばす細い腕

何時かいたあなた

もういない私

#4

急がないでヘイルヘイル。笑う事の出来ない私、あなた。いつかまた出会う事が出来るなら、その時は笑顔がいいね。

#5

ヘイルヘイル

濁った夢の中しかみない

両の目には何も見えていない

ガムみたいな整髪料の香り

橋から見える向こう側の明かり

終わらない営み

消えていく休日

オーバードライブ

何も話せない

感じるまま朽ちた

枯れた

また春が来る

行って返ってブランコの振れ幅

じきに止まる

止まって透き通る空に

唄う

メロディーを忘れた

響かない鼻唄

芯にしかない

ひび割れるヘイルヘイル

不吉な双子

繰り返すセンテンス

生き続けたあなた

彼岸で佇む私

#6

沈黙と加速。

雄弁と減速。

不可逆な流れ。

やっちまった事はどうしようもない。

出会いと別れ。

その後の事。

信頼。不誠実。純粋。後悔。忘却。暴力。傷跡。終焉。回復。禁忌。無知。儀式。聖域。性交。友情。過去。未来。残像。現在。汚濁。時間。想像。……思出。

かつてこの手にあった筈の、あの時あの場所で一瞬だけ感じ取った、幻想としての奇跡の記憶。

ヘイルヘイル。

明日なんて来ない方がいい。

透けていく言葉。

刺のような塊。

ただもう眠りたい。

退屈に飽き飽き。

焦燥に悶絶。

遥か彼方未来。

血の混じる痛み。

染み付いた体温。

何気ないやりとり。

寄りかかる術もない。

交わされる視線。

意味を持たない。

あった筈の想い。

なんで、

なんで、

何処で取り零したの。

崩れ落ちるヘイルヘイル。

永遠のデジャヴ。

不死者の戯れ言。

喋り続けるあなた。

口のきけない私。

#7

ヘイルヘイル

溶けていく希望と呼ばれた嘘

歪んで捉え切れない時間軸

変わる季節

虚実と誇張

作り出す正解とその破壊

足りない足りない足りない

腕に滲む血液

使えない刃物

真っ白な心

薄汚れた体温

走り出す事を忘れた身体

衰えた思い出

膨張する感受性

忘れないでヘイルヘイル

地続きのフェスティバル

忘我のカルナバル

振り切って暗い路地へ

何処を見ても誰もいない

優しさを持ち去ったあなた

一人取り残された私

#8

ヘイルヘイル。アイムノットオンリーワン。

渚にて

夏の終わりの、やさしくて少し寂しい海の波打ち際をイメージしたインスト曲をスタジオで録ってきました。

 

ドラムを叩いている赤髪の男が僕です。

 

渚にて
作曲 : 藤村友雄
編曲 : adam