わらって、ゆるして。

躁うつ病日記

精神疾患による死にたい気持ち(希死念虜)との、自分なりの付き合い方

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こんにちは。こんばんは、おはようございます。

今日も相変わらず死にたいですね(既に死んだような目)

 

僕と同じ病気や近しい症状で、双極性障害うつ病と切っても切り離せない死にたい気持ち、いわゆる希死念慮に悩まされてる人は多いと思います。

 

もちろん僕もその一人です。

 

双極性障害で、ずっと苦しんだ後に自殺してしまった知人もいます。

本当なら、こうすれば死にたくなくなるよ!といった魔法のようなメソッドや療法があれば良いのですが、残念ながら僕にそういったものはありません。

ですが、それだとこのテーマで書き始めたブログが終わってしまうので、自分なりの希死念慮との付き合い方を書こうと思います。

僕は双極性障害1型という病名を診断されてはいますが、同じ診断をされている人でも症状や鬱と躁のサイクルが違うように、人によってどうして死にたい気持ちが湧いてくるかの原因は様々だと思います。

 

僕の場合は躁転してしまった時期に自分がやってしまった事への後悔です。

 

頑張って築いてきた社会的信用の喪失、家族や恋人だった人や友人への乱暴な言動、散財に性的逸脱……双極性障害の症状を調べて分かるような躁状態での失態は大体やらかしました(やべー死にてー)

僕は今までに二回の、それまで築いてきたものの全てを失うような大きな躁転を経験しています。

最初の躁転を経てから二度目の躁転を迎えるまでの期間は、陳腐な言葉になってしまいますがまさに“地獄”でした。

僕は何年もかけて、最初の躁転で失ったものを取り戻すため鬱状態でなんとか仕事を獲得し、躁状態の自分を知りながら残ってくれた僅かばかりの友人と小さいながら暖かいコミュニティを形成し、大切に思える女性と出会い、病気のことを一通りは説明したつもりになって、命からがら生きていました。

そしてもう大丈夫なのではないかと思っていた矢先、悪魔のような二度目の躁転が訪れました。

“Hello!”......Bomb!!!!

躁転を経験した人なら心当たりがあるとは思います。何かを築き上げるのには多くの時間と努力を必要としますが、崩してしまうのは本当に一瞬なんです。

僕はまた、自分と周りの人間によって血の滲むような思いで築いた、その大半を失いました。

……躁状態が終わり、絶え間ない希死念慮と後悔に苛まれながら、起き上がれない、どこに手を伸ばして良いかも分からないような暗闇の中で僕は思いました。

 

普通になろうとすんの、やーめった!

 

思えば、最初の躁転から二度目の躁転までの期間で頑張っていた原動力と苦しみは、普通になろうとする意志から生まれていたんです。

普通の仕事。

普通の家庭。

普通の人間関係。

普通ってものの定義も曖昧ですけどね。

普通になろうとすればするほど、そこと自分の置かれている状況とのギャップに苦しんでいました。

双極性障害鬱状態を克服しようとするつもりで、病気とちゃんと向き合えていなかった。

 

今は、自分が普通ではない、そして普通にならなくても生きていくことは出来るという事実をなんとか自分に納得させて、出来れば同じことをもう繰り返さないようにするという決意で、死にたい気持ちを持って迫ってくる死神をなだめすかしているような感じです。

もうこれ以上後悔の種を撒き散らしたくありません。

ここ数年は家族以外の人間とは生活に必要な買い物や病院以外の部分で殆ど接触を持っていません。

たまに連絡をくれる優しい友人もいますが、自分なりに事情を話し、今は会えないことを伝えてあります。

人間関係は豊かな人生経験をもたらしてくれますが、また同時に大きなストレスも運んできます。

ストレスの蓄積が躁転に繋がるような僕のような人間には、少し、重た過ぎるようです。

 

当たり前ですが、定職に就いていない人間に対する世間の目はやはり冷たいです。

とは言っても幸運なことに僕にはそんなことを気にしない一風変わった家族がいますし(家族に関しては色々あり過ぎるのでおいおい書いていきます)、世間からの目と自分の病状や命を天秤にかけて、どちらが大切かなんて分かりきったことです。

 

世間からの目に比重の重きを置いて自殺する人もなかにはいます。

それは本当に、とても、悲しいことです。

 

今の僕の生活はもちろん寂しくはありますが、これも病気との付き合い方の一つだと考えています。

こうやってブログを書いて見ず知らずの誰かに読んでもらおうとする行為は、寂しさから生まれてるんでしょうけどね。わらって、ゆるして。

 

幸いにも時間だけはたっぷりあります。

なのでtwitterやblogで同じ悩みを抱えている人と見守りあったり、イラストや文章をかいたり、働いてる時は出来なかった自分の好きなことをやろうと思っています。無理しない程度に。

そう思えるようになったのも最近なんですけどね。

ずっと寝たきりでしたから。

 

僕の生き方が同じ病気も持った他の方の何かの参考になるかは、ハッキリ言って分かりません。

まぁこういう風に生きてる奴もいるのかってことで、心の片隅に留めて頂ければ幸いです。

 

長くなりました。

ここまで読んでくれてありがとう。

本当ににうれしいよ。

 

……そんな風に極端にしなくても、病気と向き合う方法はいくらでもあるよって?

それは、ほんとうに、もうしわけございませんでした。