病に犯される少年、やがてそれを知る少女
夕暮れ時の帰り道を、ぼくはカゴと荷台の付いたあかい自転車で辿っていた。
荷台には彼女が座っている。
夕日が雲と混ざり合ってグレーとオレンジがあやふやに交錯した空模様の中、なだらかな坂道をゆっくりゆっくり滑り降りていく。
荷台にちょこんと座っている女の子と、あかい自転車と、夕暮れと、帰り道。もうなんにもこれ以上はいらないんじゃないかと思った。
だから、そう言ってみた。
「なんかもう、今、世界がおわってもいい気分だわ。うん、なんか、満足」
自転車の後ろに座って彼女は、それを聞いて面倒くさそうに含み笑いをする。ぼくのロマンチスト癖がまた始まったとでも思ったんだろう。
そういえば、彼女はぼくにたまに言っていた。
「あんたのそれ、ナルシストみたいでウザい」
この文章が彼女の小言をちゃんと踏まえられているかどうか、正直そんなに自信はない。
……ぼくの自分に酔った台詞に対して、なかなか何も言おうとしない彼女に少しだけ不安になって、片手を後ろに回してその脇腹あたりをつついてみた。
「ちょっとぉ、やめてよ、落っこちちゃうじゃん、脇腹弱いんだよ」
「落っこちちゃってもいいじゃん、ねぇ、なんか言ってよ」
「…………ハァ」
「じゃあ何も言わなくてもいいから、後ろから“ぎゅう”ってして?」
彼女の頼りなくて華奢な腕が僕の腹部あたりに絡み付いた。
ぼくは、彼女の手の形がとても好きだった。ぼくの手みたいにゴツゴツした節がなくて、血管が透けて見えるくらい白く、細くて、本当に同じ人間なのかと疑ってしまうくらいだった。彼女の体はどこをとっても文句のつけようのないくらい魅力的だったが、その手のしなやかさは特別に美しかった。
うしろから抱きしめられて、背中に彼女の大きい乳房がハッキリと感じられる。
あとで彼女の部屋に着いたら、ぼくはその乳房の柔らかさを背中越しの服の上からじゃなくて手の平で直に感じるんだろう。そうしたら彼女は、少しだけ体を震わせて、上ずった声と一緒に柔らかい吐息を僕の頬に吹きかけるんだろう。
それ以上に必要なものが一体全体、この世界の何処にあったっていうんだろう?
ぼくは、自分に与えられたものに対して何も疑わずに、そのままゆっくりと、緩やかな坂道を二人乗りのあかい自転車でブレーキを掛けながら滑り降りるスピードで、彼女とずっと一緒に歳をとっていくんだと思っていた。それはとてもとても自然で、素敵な事のように思えていた筈だった。
ぼくが、自分の手で、全てを粉々にぶち壊すまでは。